2006.03.10
仕事の話
今日は認知症の研修でした。
お仕事の話です。
もし、僕が認知症で、施設に入所しているとしてのシュミレーション。
僕がいつものように職場に仕事に行ったとする。
5時くらいになって、さあ、家に帰ろうとすると、
「のっぽさん、どこに行くんですか?」と言われる。
「え?家に帰るんだけど…」
「なに言ってるんですか。あなたの家はここでしょう。」
「そうよ、もうずっとここで生活しているじゃない。」
なんて、みんなに言われて、しかたがないから裏口から帰ろうとしたら、
「何をこそこそしてるんですか。」って言われて施錠されたりして。
晩御飯になったら、僕の嫌いなレバーが出されて、食べないでいると
「レバーは体にいいから食べてください。はい、あーん。」
なんてことされたら、とてもいやなので吐き出したりしたら
「この方は介助妨害をする」とかって日誌に書かれたりして。
夜になってそうっと帰ろうとしたら見つかって、手を縛られたりして。
つらいですね。
認知症は認知するのに障害があるだけ。
その人の行動に関しては何の問題も無いこと。
デイサービスに来ていても、いつも夕方になったらひとりで帰ろうとするおばあちゃん。
おばあちゃんの心の中では
「もうすぐ暗くなるし、小学校の娘が帰ってくるからご飯の準備をしないといけないと。」って思って帰ろうとする。
おばあちゃんの考えていること自体はなんの問題ない。
でも、おばあちゃんは、自分が高齢で、娘ももう大人になっているということ、ただそれだけを忘れている。
周りの人から見たら、「途中で抜け出そうとする、問題のある利用者」となる。
本人はなんで、娘が帰ってくるのにその準備をしようとするのを止められるかわからない。
周りの職員には、「娘さんがまた迎えに来てくれますからね。」とか言われる。でも、「なんでまだ小学生の娘が私のところに来るなんていうのかしら。そんなことできるわけないじゃない。小学生なんだから。いったい何を言っているのかしら。」と思う。
ただ、もう娘は大人になっているということを認知できていないだけ。
行動にまったく問題は無い。
僕も実際にお会いしたことがある。
だんなさんが入院していて、そこに毎日かようおばあちゃん。
いつもだんなさんの着替えとタオルを持ってきてくれるけれど、ぜんぜん洗濯ができていない。
洗濯機の使い方がわからない。
汚れていたこともわからない。
だからいつも汚れたままのものを持ってくる。
でもだんなさんに着替えを持っていってあげないと、だんなさんが困る、という思いだけは残っている。
まあ、病院の方で、洗濯してくれているようですが。
自分周りのことがだんだんとわからなくなってくる。
自分の大事なものがわからなくなる。
自分の大事な人が誰だったのかわからなくなる。
ごん太がいつもいてくれたのに、それがわからなくなる。
いつも誰かが近くで暖かく居てくれたということは覚えているけど、誰だったかわからなくなる。
ごん太の顔をみてもわからなくなる。
名前を聞いてもわからなくなる。
言葉がしゃべられなくなる。
言葉が一つ一つ消えていく。
たぶんそんなのって、すごくかなしい.
想像するだにつらい。
お仕事の話です。
もし、僕が認知症で、施設に入所しているとしてのシュミレーション。
僕がいつものように職場に仕事に行ったとする。
5時くらいになって、さあ、家に帰ろうとすると、
「のっぽさん、どこに行くんですか?」と言われる。
「え?家に帰るんだけど…」
「なに言ってるんですか。あなたの家はここでしょう。」
「そうよ、もうずっとここで生活しているじゃない。」
なんて、みんなに言われて、しかたがないから裏口から帰ろうとしたら、
「何をこそこそしてるんですか。」って言われて施錠されたりして。
晩御飯になったら、僕の嫌いなレバーが出されて、食べないでいると
「レバーは体にいいから食べてください。はい、あーん。」
なんてことされたら、とてもいやなので吐き出したりしたら
「この方は介助妨害をする」とかって日誌に書かれたりして。
夜になってそうっと帰ろうとしたら見つかって、手を縛られたりして。
つらいですね。
認知症は認知するのに障害があるだけ。
その人の行動に関しては何の問題も無いこと。
デイサービスに来ていても、いつも夕方になったらひとりで帰ろうとするおばあちゃん。
おばあちゃんの心の中では
「もうすぐ暗くなるし、小学校の娘が帰ってくるからご飯の準備をしないといけないと。」って思って帰ろうとする。
おばあちゃんの考えていること自体はなんの問題ない。
でも、おばあちゃんは、自分が高齢で、娘ももう大人になっているということ、ただそれだけを忘れている。
周りの人から見たら、「途中で抜け出そうとする、問題のある利用者」となる。
本人はなんで、娘が帰ってくるのにその準備をしようとするのを止められるかわからない。
周りの職員には、「娘さんがまた迎えに来てくれますからね。」とか言われる。でも、「なんでまだ小学生の娘が私のところに来るなんていうのかしら。そんなことできるわけないじゃない。小学生なんだから。いったい何を言っているのかしら。」と思う。
ただ、もう娘は大人になっているということを認知できていないだけ。
行動にまったく問題は無い。
僕も実際にお会いしたことがある。
だんなさんが入院していて、そこに毎日かようおばあちゃん。
いつもだんなさんの着替えとタオルを持ってきてくれるけれど、ぜんぜん洗濯ができていない。
洗濯機の使い方がわからない。
汚れていたこともわからない。
だからいつも汚れたままのものを持ってくる。
でもだんなさんに着替えを持っていってあげないと、だんなさんが困る、という思いだけは残っている。
まあ、病院の方で、洗濯してくれているようですが。
自分周りのことがだんだんとわからなくなってくる。
自分の大事なものがわからなくなる。
自分の大事な人が誰だったのかわからなくなる。
ごん太がいつもいてくれたのに、それがわからなくなる。
いつも誰かが近くで暖かく居てくれたということは覚えているけど、誰だったかわからなくなる。
ごん太の顔をみてもわからなくなる。
名前を聞いてもわからなくなる。
言葉がしゃべられなくなる。
言葉が一つ一つ消えていく。
たぶんそんなのって、すごくかなしい.
想像するだにつらい。
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